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片山哲也は48歳の心臓外科医です。1966年5月、小児科医の父と中学校教諭の母の間に長男として生まれた哲也は、地元の公立小学校を卒業後、名門国立中学校・高校へ進学し、国立大学の医学部に入学しました。大学を卒業したのち、大学付属の病院へインターン。そのまま同大学病院に就職し、28歳で医学博士を取得。現在は「心臓バイパス手術の腕はピカ一」とまで言われ、年間およそ400件の手術を行っています。趣味はバイオリンとテニス。大学時代は学内オーケストラに所属していて、コンサートマスターを務めていました。
どこからみても完璧な経歴の片山哲也ですが、以前雑誌のインタビューで、「今までの人生が完璧すぎて結婚ができない」と語っていました。
哲也は相当な努力家で、決して何もせずキャリアを手に入れたわけではありません。しかし、完璧主義の両親の影響を受け、人生の各ステージで成功を収めるために、事前に綿密な計画をたて、計画通りに物事が運ぶよう努力してきました。つまり、突発的なことは極力避け、両親が敷いたレールの上を、踏み外さないよう細心の注意を払って進んできたのです。
それを象徴するエピソードがあります。小学校6年生のとき、哲也は国内のバイオリンコンクールに出場し、準優勝しました。このコンクールで高評価を受けた哲也は、ウィーンで開かれる国際コンクールに特別枠で招待されました。バイオンリンを弾くものならば、誰でも憧れるコンクールだったにも関わらず、哲也は辞退しました。まだ季節は夏前だったにも関わらず、志望校合格のためには二足の草鞋は履けないと、徹底して受験以外を排除しました。その用意周到さが、哲也の完璧なまでの経歴を作り上げてきたのです。

片山哲也は失敗を知らない。挫折を知らない。それが哲也から結婚願望を遠ざけてきました。
片山哲也はインタビューでこう続けました。「自分の人生については大丈夫なんです。目標に向かって努力さえすれば、かならず成功できる。ポテンシャルもある。しかし、自分の人生に他人を受け入れようとしたとき、言い難い不安に襲われるのです。自分の未来に続く道の上に、得体のしれない何かを迎える。そう思えてなりません。結婚相手は当然別人格です。自分に能力や努力する才能があっても、結婚相手がまったく別の方向を向いていたら、ともに成功することは叶いません。それが怖くてならないのです。」
子供のころ、新人医師のころに挫折を知らずに来た哲也は、生涯独身という道を選びました。48歳となった今でも、非常に女性からもてる哲也ですが、特定の恋人は作らないと決めています。人生の各ステージで全てを完璧に手に入れてきた哲也は、その完璧さゆえに「結婚」という、不安定要素の多いステージに臆病になっているのです。
哲也の同僚は彼をこう評します。「彼のダイアモンドのような完全さは、実は柔軟さに欠け、非常に不完全。しかし、それがまた片山哲也の魅力であり、彼も人間なんだと思えるのです。」

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